第9回 ブクラボ哲学カフェ開催レポート(8/24)

第9回目のテーマ

第9回ブクラボ哲学カフェには、6名の方にお集まりいただき、「全体主義」をテーマに対話を行いました。

非常に難しいテーマにも関わらず、活発な対話となり、店を追い出される直前まで対話ができ、充実した会となりました。

課題本である「悪と全体主義」の内容をレジュメに沿って5分程度で解説し、本の一部をその場で読んで対話がスタートしました。

階層があった時代は、利害関係や対立する階級が明確だったため、自分たちの利益を守るために行動している人が多かったですが、階級が解体された時代では、個人はバラバラになり選ぶべき道や利害関係を考えず自分のことだけを考えるようになりました。
その結果安直なわかりやすい架空の物語に「大衆」が食いつき、全体主義が生まれたと著者は解説してます。

そこで、哲学カフェでは、身分や階層が見えずらく、個人が主体とある現代で、どうすれば一つの世界観に引っ張られずに済むかについて対話しました。以下は、参加者から上がってきた意見です。

参加者の意見や見解

1
自分にとってなにか不都合があると、それを他人のせいにして
自分を守ることに執着してしまいがち。当時のドイツでは景気が
悪いことをユダヤ人のせいにしてしまったのではないか。原因
を関係のない他者に押し付ける思考から脱却することが必要では
ないだろうか。
2
個々がバラバラで自分のことをすべて自分で考えることは難しいと簡単に誰かに決定を委ねてしまいがち。
同時のドイツの大衆は、経済的にも余裕がなく、特に自分と向き合うのが難しかったのではないか。
思考体力をつけることや考える余裕のできる社会を形成するのが大切だろう。
3
大衆が一つの方向になびかないようにするためには、一人一人が他者と自分は意見や考え方が違うという前提に立ち、一つの正しい答えはあるはずのないことを認識することが必要だろう。
個人としていろいろなコミニティに所属して、正解のない問いについて対話をすることからはじめてみたらいいのではないか。

全体を通しての感想

今回のテーマを取り扱ってみて、「現代でも起こりうるのでは?」という問題意識をもって、何も考えず誰かに選択をゆだねるという楽な方向になびかないために、自分の意見を発信し、他者の意見を聞くことで違いを理解することが大切なのではと感じられました。

参加者からは、本の内容は難しかったが、自分のもやもやした言語化できないもどかしさをほかの参加者がうまく説明してくれたことで「そういうことだったのか!」と理解が深まったことがうれしかったとの声や、哲学を少し勉強してみたいと思えたとの感想をいただきました。

会の後は、毎回恒例の食事会に行き、タイ料理をみんなで食べました。
哲学カフェで話したりなかったことや趣味の話で盛り上がりました。

フルマラソンに挑戦される方もいて、ランニングのコツを教えていただきました。本ばかり読んでないで適度な運動も始めないと。。。
ブクラボランニングサークルもありかな(?)

次回は、ブックバーで哲学カフェを開催いたします。お酒を飲みながらじっくり対話しましょう!

詳細はこちら↓
非公開: 【9月14日(土)】第10回 ブックバーで哲学カフェ『アートの可能性とは』

ご参加頂いた皆さん、ありがとうございました✨